日本の医療保障の未来像

はじめに

厚労省から出された平成17年の人口動態調査の推計値では、戦後初めて日本の総人口が減少に転じることが報道された。 合計特殊出生率は下げ止まらずに1.29にまで減り続けた。このような急激な少子高齢社会に突入した現在、 わが国の公的医療保障の未来像を述べる事は大変困難な作業である。 昨年来、将来の医療費予測や経済成長の予測によって医療保障の枠組みが変えられようとしているが権丈(1)によれば これらの予測は次のように判断される。

「社会現象に関して定量的な長期予測をするということは、どだい無理なように思える。 過去になされた多くの予測の成り行きを比較検討したW.A.シャーデンが結論づけるまでもなく、今、 実際に行われている複雑な方法による予測の精度は、定規を使って過去のトレンドを未来に延長する方法などの単純な手法による 予測精度と変わらず、そのほとんどが外れてしまっている。それゆえに、わからないことはわからないと言い、 わかることはここまでであると明言することは、いたって大切な研究姿勢であって、今日の研究者には古来の予測者の真似を しないことをおすすめする。ただし、将棋に上手下手があるように、政治経済現象、すなわち人間の動きに対する定性的な読みの 能力は学問すること-経験と思索を重ねること-によって鍛えられるものであると言うのは私の口癖であることも、 ここに記しておこう。」

我々も、あいまいな予測にとらわれて議論を進めることは無意味であると考えるので、今回の答申は、 世に出回っている医療費予測や、経済成長に関する長期予測にとらわれることなく当委員会の読みを充分に盛り込んだものである。

当委員会では会長諮問の検討を2年間にわたって行ったが、最初の1年は主に市場経済原理の影響を、 次の1年では厚労省の医療制度改革案について検討してきた。これらを順次紹介してゆきながら答申の結論を述べたい。

また、当委員会が主体となって平成17年2月13日に坂口元厚労大臣を招いて県医師会との共催で市民フォーラム 「どうなる医療と年金」を開催した(詳細は医師会ジャーナルVol38)

市場原理主義の影響

混合診療の解禁をめぐって (2)(3)

内閣府の規制改革・民間開放推進会議(以下規制改革会議)を中心に医療分野における市場原理導入をめぐる論争は、平成16年度の混合診療全面解禁の是非についてのやりとりでピークに達した。 結果として全面解禁は見送られたものの、特定療養費制度の見直しによる実質的な混合診療の拡大が容認され 「保険導入を前提とした医療」(評価療養)と「保険導入を前提としない医療」(選定療養)に分けて対応することとなった。 この点に若干疑問が残るものの、未承認薬の治験促進、医療技術の保険導入手続きを迅速化、 透明化することになったことは医療側にとっても評価できる。

規制改革会議の「一定水準以上の医療機関に包括的に混合診療を解禁すべし」という主張が認められなかった事は当然であり、 医療技術ごとに必要な専門性、設備が異なる事は常識であるから、元々彼等の主張そのものに無理があったのである。

当委員会では規制改革会議の主張内容がアメリカから毎年出される「年次改革要望書」の中味とほとんど一致する事を 問題にしてきた。この「年次改革要望書」はクリントン大統領、宮沢首相の時代に日米構造改革協議から始まったものであるが、 実質的にはアメリカの企業がわが国で経済活動をしやすくするためのものである。 (詳細は文春新書「拒否できない日本」を参考に)

アメリカからの要望内容は在日米国大使館のホームページで誰でも閲覧できる。 その内容は医療のみならず金融、通信、農業など内政の各分野にわたって詳細に書かれてあり郵政民営化についても推進を 主張している。

これを内政干渉とみるかどうかは別問題として、医療分野における市場原理の導入、具体的には「株式会社の病院経営解禁」 「混合診療解禁」はわが国の医療市場を狙うアメリカ産業界の強い要求でもあることを忘れてはならない。 また、規制改革会議の議長でもあるオリックスの宮内会長をはじめ、規制改革会議構成メンバーに医療分野の規制緩和で、 商機の拡大が見込める企業の人間が多く入っていることに、わが国のメディアが何の関心も払わないのは実に不可解であり、 わが国のメディアのレベルを物語っていると言っても過言ではないだろう。公の会議の構成メンバーは、 担当する事項の利害に抵触しないことが基本的条件であり、欧米では抵触すれば conflict of interest と言って大きな 問題になり、宮内氏など規制緩和で恩恵を受ける企業関係者は、絶対にメンバーにはなれないのである。 さらに「混合診療全面解禁」論争の中で多くのメディアは解禁を擁護する態度をとった。特に、日経、読売新聞はその社説で 繰り返し「混合診療全面解禁」を主張した。彼らの主張内容は「保険診療と保険外診療の併用が何故いけないのか」 「解禁は患者にとって利益がある」といった実に単純で短絡的なものであり公的医療保険制度を充分に理解した上での主張ではない。

テレビのキャスターと言われている人も医療問題についてはあまりに初歩的な誤解に基づく発言が多い。 残念ながら混合診療解禁に賛成する勤務医が多いことが大阪府医師会のアンケートで示され、東大、京大、 阪大の病院長が混合診療解禁に賛成する声明を出したことは、勤務医の保険医療制度に対する理解の不足が露呈したものであり、 これから医師会の取り組むべき課題でもある。

(兵庫県医師会が混合診療について会員の理解を深めるために平成16年秋に出した混合診療Q&Aは当委員会の委員長が作成 したものであり文末に添付する。)

医療PFIについて(4)(5)

PFI(Private Finance Initiative)は1992年にイギリスで生まれた新しい公共事業の手法で民間の持つ経営ノウハウや資金 (Finance)を活用して、税金からの支出を軽くしようというものである。 わが国では1999年7月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(いわゆるPFI推進法)が成立して以来、 地方公共団体を中心に公務員宿舎、図書館、ゴミ処理施設などの事業がPFI方式で行われている。 これを病院事業に適用したのが医療PFIである。 PFIでは民間企業が事業の主体となって資金調達から施設の設計、建設から維持管理、運営までのサービスを提供することとなり、 行政は年間の契約金を払ってサービスを購入して、サービス内容の水準が保たれているかどうかの監視を行うこととなる。 本家イギリスの医療PFI第一号のダートフォード病院は、提供するサービスの内容が給食から消毒、医療事務、待ち時間の短縮、 感染防止まで多岐にわたり複雑である事から、その契約書作製に関わる弁護士や会計士への支払いが多額になった上、 ブレア政権が医療費予算の増額を行って医療スタッフの人件費を上げたため経営は赤字で苦労している。

当委員会は、わが国の医療PFI第一号である高知医療センターについてその事業計画を検討した。 この高知医療センターは、オリックスが中心企業となるグループが高知県との間に30年の契約を結んで、県立病院と市民病院が 統合する形で新病院の建設が始まり平成17年3月に開院した。この高知医療センターの契約内容に関しては、平成15年2月衆議院の厚生労働委員会にて、地元高知選出の民主党五島議員から出された質問に問題が要約されているので その部分を少し紹介する。

「高知県の場合、県立病院と市民病院が統合することと成りまして高知県、市病院組合というものができております。 これが、新しい病院をPFI方式でもって設立し運営していくということになりました。この組合議会と高知医療PFIとの間に事業契約を締結したわけです。この契約は30年間で2131億4000万円。 それとは別に今後9年間にコンピューターシステムとして45億4100万円の予算で契約をした。 これを1年で割りますとこのPFIに払われるお金は年間77億円でございます。

そして、このPFIが何をするのかと言えば、例えば医療材料費、薬品費、医療消耗品、給食材料、こういうふうな物も 全部PFIが引き受けるということ。その他に光熱費、委託料、手数料、修繕費などもPFIに委託されます。 さらに、情報システムの管理、患者の搬送、警備などもPFIが委託を受けてこの金でやります。

結局病院組合は医療職員を雇い医療をやっていくということになっていますが、医薬品、医療材料、医療機器それも全部 PFIが押さえてしまって、そのなかでやる医療というものは果たして本当にそこにおいて必要な医療の提供になるのかどうか 疑問のあるところでございます。それ以上に問題になってくるのは、こうした収支で契約を結ぶにあたって例えば入院収益。 この病院は590床の一般病院と50床の結核病院、8床の伝染病棟、これを9割で回転する。 そして、初年度は一ベッド当り一日4万122円でやる。その次からは4万3421円の診療収入を上げてもらう。 外来の単価についてはしょっぱなは6900円そして、その後は8193円の外来収益を上げてもらう。 そして、それでも足りないので他の会計から33億円ほど公費の助成をしろ。

こういうふうな契約になっています。こうなってくるとできあがった病院はどういう医療をすることになるのか。 例えば一人あたり患者の在院日数、平成17年は18日でいいけど、その後は15日にしてもらいます、あるいは手術はこれくらい やってもらいます。高知県は人口81万人ぐらい。そのなかで一日平均単価が4万3000円の医療をする。 そのためには株式会社がもし医療に参入すればやるであろう事をやらざるを得ない。やらなければ公費の助成が大きくなって しまいます。PFIが医療そのものをオリックスが中心ですが握ってしまう。これは医療特区における株式会社の医療への参入と 理念においてどう違うんだろうかと思わざるを得ません。」

さらに、答弁に立った木村副大臣は次のように述べた。「実は私はこの副大臣をさせていただく前は自民党のPFI推進調査会長をしておりました。PFIの本質と言うのは Value For Moneyといいまして、本来であれば今までの官のコスト見積もりであれば高いんですが民間の活力を導入したら そこは安くすべきじゃないか、その安くなった分のことをValue For Moneyといいまして、そこがPFIの本髄なんですね。

ところが、この高知のケースを見ますと、私はPFIという言葉を使うのはいかがなものかと実はこう思っていまして、 これは建物総工費が400億円くらいかけているんですね。それで先生がおっしゃったように大体650床とか700床とかの 病院でありますと、これは、一床あたり5000万から6000万円もの高価な金額をかけている。 医療事業団から民間病院がお金を借りる時は一床あたり1200万円しか出してもらえません。 だから公的な病院がこんなに高いのに非常に問題意識を持っていることだけ付け加えさせていただきます」

これらの質問、答弁を読めば、要するに高知県の医療PFIは、病院経営に触手を伸ばしてきたオリックスと高値の契約を 結ばされ彼らの餌食になったということである。現在、他の地方自治体も多額の借金を抱えて公共投資に充てる財源が不足している。 しかも多くの自治体病院は改修、建て替えの時期に来ているため、初期投資額の少ないPFI方式は大変魅力的に見える。 問題はその契約内容にある。地方自治体ではオリックスなどのリース専門家に契約交渉では太刀打ちできない。 そして、高知のように高い金額の契約を結ばされてしまう。その結果医療の内容も採算を優先した株式会社病院のようになり、 本来自治体病院が果たすべき使命を忘れはしないだろうか。神戸市立中央市民病院をはじめ多くの自治体病院が立て替えにPFI方式の採用を具体的に検討していることを当の医療関係者が ほとんど知らないことでよいのであろうか。

医療制度改革について

厚労省は、平成14年度末に閣議決定された医療制度改革における基本方針にそって、制度改革の原案を社会保障審議会の 医療保険部会に提出し、議論を重ねてきた。その結果を踏まえて提出された改革案を基に、政府与党の医療改革協議会で 「医療改革制度大綱」の取りまとめを行い平成17年12月に公表された。最後まで議論のまとめに時間のかかった高齢者医療の 患者負担割合は、70~74歳を平成20年度から1割を2割に引きあげる一方、69歳までの高齢者は3割負担のまま据え置きとなった。

これからは、この医療制度改革案について当委員会での検討事項を述べてゆきたい。本論に入る前に海外の医療改革について イギリスとスウェーデンを取り上げ検討した。また三位一体改革の影響についても検討したので併せて述べたい。

海外の医療制度改革

イギリス

サッチャー政権の医療費予算抑制政策によって対GDPで見た医療費がOECD加盟の先進国中最低であったイギリスでは、 患者の受け入れに予算の制限があり手術、入院の待ち時間の長さは大きな社会問題となった。 白内障や関節の手術にわざわざフランスまで出かけるツアーができる始末となって、国民の不満はひろがった。 また貧弱な設備や低賃金を嫌い、より良い職場環境を求めて多くの医師、看護婦がアメリカやオーストラリアへ流出し 医療現場の士気は低下した。しかも、平均余命を見ると男で2.2歳、女では4.4歳もわが国より短く乳幼児死亡率でも わが国の3.2に対して5.6と高い。このため、労働党のブレア政権は医療費予算の増額を総選挙の公約として掲げた。 その結果医療費は年々増加しイギリスはすでに対GDP比でみた医療費では、わが国を抜いたとみられている。

NHS(National Health Service)による税金を財源とした医療制度のイギリスはその基本を変えることなく2000年7月に 医療制度改革計画を発表した。

その結果NHSに属する医療供給体制の再編が行われ、それぞれ機能別に 初期治療のPrimary Care Trust、 急性期病院の Acute Trust 、 高齢者、障害者対象の福祉施設を管轄するCare trust などに再編された。

そのなかで注目すべきは地域の家庭医(GP)と保健婦で構成されるプライマリーケアグループである。 このグループは与えられた予算の範囲内で地域の事情にあった医療をソーシャルサービスとともに自分達の判断で提供する。 このプライマリーケアグループが発展した組織がプライマリーケアトラストである。また、看護婦による24時間電話情報サービスや 軽度救急の待ち時間短縮のために看護婦主体のPrimary Care Walk-in Centerという施設をつくり、待ち時間の短縮と医療費の 節約にも力を入れているがGPとの連携に問題があるという。これらの改革はまだ実行されて日も浅いため、その成果については 判断できないが、地域に密着した医療とソーシャルサービスの統合を目指す点や、看護婦の役割を強化している点などはわが国にも 導入されつつあり今後の成果に注目したい。

スウェ―デン

高福祉国家のスゥェーデンは、1990年代の不況期にエーデル改革と呼ばれる福祉医療改革が行われた。 その結果、医療の管轄は県から市町村に移行し、高齢者対策は医療ケアから社会的ケア中心に変わっていった。 そのために老人用病床は減り病院の統合が進んだ。さらに、個室と共有スペースをベースとした高齢者用の住宅が多く建設 されている。また、最近の特徴はITを使った遠隔医療の拡大である。 すべての公立病院は医療専用の高速回線で結ばれている。

ITは在宅患者の管理にも用いられ、患者は徘徊を警告するセンサーのついたバンドを手首に巻いている。

スウェーデンが行った地方自治体への医療管理の委譲や、高齢者対策を医療から社会的ケアにもっていく点などは、 次に述べる厚労省の医療制度改革案作りに取り入れられたものと思われる。

三位一体の改革について

小泉首相の進める改革の一つである三位一体改革とは

  • ① 国庫補助金、負担金の改革(つまりは減額)
  • ② 地方交付税の改革(減額)
  • ③ 税源配分の見直しの三つを一体として行う

ことをさす。

何故一体の改革かというと個別に取り上げると①②は関係する省庁や族議員の③は財務省の抵抗が確実で困難であるため 一体として取り上げる事により改革をしやすくする目論見があるためである。

補助金は特定の事務、事業を補助するために支給するお金で、その使用内容を変更することは認められない。 これに対して交付金は特定の目的を持って交付するお金で計画内での事業間で流用が可能である。 地方に対する一般交付金は各自治体の財政能力を考慮して機械的な基準で分配されるものであり、地方自治体の歳入では 約21%と大きな割合を占めていて財政調整の役割を担っている。医療、福祉、保健分野には少なからぬ補助金、交付金が 使われておりこれらの減額は直接我々の地域に影響がある。また財源委譲で地方に税収がある程度移ったとしても、 それをどう使うかは自治体によって異なってくるわけであり、医療、福祉、保健分野に優先して配分されるかどうかは 不確実である。現在進行中の三位一体改革は、地方の自立にむけたものであるとは言いながら、実は国の財政支出の多くを 占める補助金、交付金を減らす目的であることは明らかであり、これまでのところ生活保護費の補助金減額などに対して、 地方自治体からの反発も大きくなかなか進展が見られていない。また、道州制を含めて地方分権自体これから実際にどのように 進展するのか、不明な点が多すぎるのが問題だ。

ここからは平成17年12月1日に政府与党から出された医療制度改革大綱について検討する。(10)(11)(12)(13)

国民健康保険

皆保険が始まったころは第一次産業である農業、漁業従事者を対象にしてできた市町村国民健康保険(以下国保) は現在、 退職した給与所得者やフリーターなどの加入者が増え、平成14年度の統計では加入者の所帯主の職業をみると、 無職者が51%を占める一方農林水産業は4.9%にすぎない。しかも、所得格差拡大から、国保加入所帯のうち無所得所帯の割合が 平成14年度で26.6%と増加しており、小泉改革後はさらに増加している。そのため、財政基盤はあいかわらず脆弱で財源の 約50%を国庫負担に頼っている。しかも、保険料の未納者は全国平均で10%を超え、都市部でその比率が高く大阪市では16%にも 達する。未納額は平成14年度で年間約3500億円にもなり、その徴収をどうするのかが問題である。

市町村合併によって保険者の数は1000以上減ったが、加入者が3000人未満の町村がまだ300ほどあり、小規模な保険者の財政の 安定は重要な課題である。

今回の改革案では都道府県単位で保険運営を推進するために、各市町村における高額医療の発生リスクを都道府県で分散させる とともに、保険財政の安定化と保険料の平準化を促進する観点から、市町村の拠出によって医療費を賄う共同事業の拡充を図ると なっている。しかしながら、具体的にどうするのかがはなはだ不明瞭であって問題は大きい。負担ばかり押し付けられる立場の 市町村は、かねてからの主張である医療保険の1本化と国の責任を求めている。国保加入者に占める年金生活者の比率は今後も 増え続けるから保険料収入に大きな期待はできない。また高齢者の比率が高く、老人保健制度対象割合は平成15年度末で 組合健保2.3%、政管健保5.0%に対して国保では25.3%にもなる。そのため後期高齢者を別の保険制度に移したとしても医療費が かかる構造は変わらず、現役世代からの支援なしでは持続は困難である。

政府管掌健康保険(以下政管健保)

政管健保は、主に中小企業の従業員を対象とし、現在は社会保険庁が保険者として運営している。財政面では、平成14年度の改正で本人負担が3割になり、総報酬制導入による実質的な保険料率の引き上げ、老人保健拠出金の減額に より平成15年度から連続して黒字である。今回の制度改革では、国から切り離した全国組織の公法人「全国健康保険協会」 を保険者として設立し、都道府県に支部を置き、そこに評議会を置くこととなる。そして、この評議会の意見を聞いて 都道府県単位での医療費を反映した保険料を設定することとなった。しかしながら、医療費の地域格差には病床数、 高齢化率以外にも、その地方特有の事情がある。

例えば一人当たり医療費の最も少ない長野県は、持ち家率が高く独居老人が 少ないため、在宅医療が進んでいて終末期医療費が少ないし、林業や農業など高齢者が生きがいを持って働く場がある。 逆に医療費の高い北海道では地域が広く、冬は長期の降雪のため在宅医療が困難な地区が多く、社会的入院が増えざるを得ない。 これらの事情を無視して、医療費の多い少ないだけで保険料を設定して良いのかどうか疑問が残る。 また、評議会を構成する事業主、被保険者の代表に誰がなるかが問題だ。大企業から成る組合健保なら事業主代表として 経団連があり、被保険者代表としては連合がある。しかし、中小企業が構成員の政管健保では事業主の代表組織、被保険者の 代表である広域組合組織がなく、どこになるのか不明だ。また、都道府県別の医療費から保険料率を算定するにしても、 その方法は地域の高齢化率も加味されて複雑であり、実際には厚労省の人間でないと算定は困難である。

よって、社会保険庁は年金部門、政管健保、船員保険を分離して解体されることとなったものの、それぞれ新しい公法人が その受け皿となるわけで、実態は厚労省の支配が続くこととになるであろう。

健康保険組合(以下健保組合)

大企業の従業員を対象とした健保組合は、被保険者数が10万人を超える組合がある一方、産業自体の衰退や、景気低迷による リストラによって被保険者数が減り、健保組合の設立に必要な基準を下回っている組合が平成16年度で156ある。このため、 財政運営が立ち行かなくなっている所もあるため再編統合を進める事となった。

同一都道府県内の健保組合の受け皿としては企業、業種をこえた地域型健保組合の設立を認める事となった。健保組合連合会は 赤字組合の増加を訴えて医療費の削減を主張しているが、実質的に財政の悪化要因であったのは、企業自体のリストラによる 組合員減から来る保険料収入の減少と、高齢者医療への拠出金であった。このところわが国の経済もようやく長いトンネルから 抜けて復活の兆が見えてきたと言われ、企業業績も上向いているので今後、保険料収入増も見込めるし、高齢者医療制度の対象が 70歳から段階的に引き上げられた事で拠出金負担も減り、財政状況は改善が見込まれ、最も恵まれた保険者グループであるといえる。 よって今後も財政的に苦しい国保や新高齢者医療制度への支援を行うことは、社会的責任の観点からも必要と思われる。

医療費適正化の推進について

予防の推進

今回の改革案では医療費支出の多くを占める生活習慣病の予防による医療費の削減を強調している。年間の医療費31兆円のうち、 ガンも入れれば生活習慣病で年間10兆円以上の医療費がかかる。

このため保険者に対して、これまでは努力義務であった健診および保健指導を平成20年度から義務付けることとなっている。 健保組合連合会は保健指導の義務化には難色を示した。なぜなら指導自体に経費がかかるうえ、成果が上がらなければ、 これまで医療界ばかりに責任を押し付けて来た医療費の増加に対して、自分達も一定の責任を追求されることとなるからである。

この健診と保健指導の義務化徹底のため保険者にはペナルティーが課される予定であり、健診受診率が低かったり、事後指導が 不十分な場合、後期高齢者医療への支援金が増額される予定である。

保健指導には保健師と管理栄養士の役割が重視されて いるが、民間業者の活用も積極的に行う考えであり、早くもビジネスとして検討する企業も出ている。(14)
地域医師会は健診、保健指導の委託窓口として地域医療機関のとりまとめをおこなうことが求められると共に、保険者の事業計画 や民間企業の進出には注意を払う必要がある。

医療給付の伸びと国民の負担との均衡の確保について

医療給付費の伸びを経済規模と照らし合わせて将来の医療給付費の見通しを示すため、対国民所得比や対GDP比を示して 国民負担の面で許容範囲にあるかどうかを検討するとなっている。これは、経済財政諮問会議の民間議員である吉川東大教授が 主張した医療給付費の伸び率を、GDPの伸びの範囲内におさめようとするものである。具体的には高齢化率による修正を行った 高齢化修正GDPの形で検討されたが、批判が多く具体的な指標としての高齢化修正GDPの伸び率を用いた医療給付費の伸び率管理は 採用されず抽象的な表現となった。 経済学者が言うように国の医療費の規模に最も関係があるのは経済力であることに異議はない。しかし、医療給付費の伸びは GDPの伸び以下でなければならないという根拠はない。こういう主張がなされたのは年金法の改正で将来受け取れる年金額が、 少子化率と経済の伸びにリンクして決まるようになったからである。

彼らの誤りは、所得保障である年金と生命保障である医療とを同じ物として考え、医療費枠をマクロ経済指標とリンクさせた ことにある。年金なら減額されれば食費や交際費を減らして生活程度を下げることは可能だが、医療にそれを当てはめれば必要な 医療をあきらめることとなる。つまり、食べ物であれば金持ちが高級な食材を使い、庶民は安売りの材料で我慢することはできる。 しかし、医療の場合に金のあるなしで受けられる医療が違うことに誰が我慢できるだろうか。

しかし、残念なことに読売新聞はその社説で医療給付費の伸び率管理制度を全面的に支持する論説を出したし、与党議員の中にも これを支持するものがいる。

この制度が導入されれば医療給付費は確実に抑えられる。その一方で公的な医療保険の枠は縮小し、患者負担の更なる増加と 混合診療全面解禁の声が大きくなるであろう。

医療費適正化計画の推進と保険者協議会について

医療制度改革大綱によると医療費適正化計画推進のため

(1)計画の策定は国の責任のもと、国および都道府県が協力し、生活習慣病対策や長期入院の是正などの計画的な5年間の 医療費適正化計画を策定する。国、および都道府県は、その適正化計画において全国標準に基づき、当該する都道府県における 糖尿病等の患者予備軍の減少率や、平均在院日数の短縮に関する政策目標を定めると明記されている。

また、
(2) 計画推進のための措置として平均在院日数の縮減に併せて、患者の病院から在宅への復帰が円滑にできるよう在宅医療、 介護の連携強化や居住サービスの充実を図ると書かれてあり、在宅医療の推進が中心となることがわかる。

そして、
(3) として計画達成の検証を行うことになっている。
この案には都道府県から次のような異論の声が出されている。まず、住民の健康増進は地方自治体が行うが、医療費の削減を 意味する医療費の適正化は自治体ではなく国の責任で行うものであることを明記すべきであること。そして、適正化計画の具体策を 都道府県が、どのようにして実施したらよいのかノウハウがなく困惑するとの声である。
平成14年度に閣議決定された医療制度改革の基本方針には、医療費適正化のため都道府県内の市町村国保、政管健保、健保組合や 国保組合の支部、船員組合を構成員として都道府県ごとに保険者協議会を設けることとなっている。兵庫県ではすでに設置され 県医師会はオブザーバーとして参加している。
この保険者協議会は以下の活動をすることとなっている。
(社会保障審議会医療保険部会 平成16年2月資料より)

1 保険事業等の共同実施
*都道府県におけるレセプト分析による医療費調査、分析、評価*被保険者教育、指導等保健事業
*保険者間の物的人的資源の共同利用
*各保険者の独自保健事業についての情報交換
2 保険者間における意見調整

しかし、医療制度改革大綱の公表後、この保険者協議会の役割は少し変わって、「健診、保健指導事業計画」の作成、具体的 実施体制の協議、健診データとレセプトデータの分析などが想定されている。また、この協議会とは別に地域、職域連携協議会を 設置することとし、保険者以外にも民間事業者、医師会、産業保健部門なども参加、地域の健康増進計画の作成、労働衛生部門など との総合調整、健診や保健指導従事者の育成、介護予防との連携を図る予定である。
これらの活動はまだ具体的に実施されていないが、今後、医療制度改革の関連法案が国会を通過すれば動き出すこととなるので 医師会としても注視して行かなければならない。

新たな高齢者医療制度の創設について

今回の医療制度改革の大きな柱である高齢者医療制度については、各方面から多くの議論が出たものの、結局は厚労省の 原案通り75歳以上の後期高齢者を対象とした新たな制度を平成20年度から発足させることとなった。これの運営については 保険料の徴収は市町村が行い、財政運営は都道府県単位で全市町村が加入する広域連合が行うこととなった。この財政運営に ついては、だれしも責任を取りたくないので、それぞれの立場から責任を擦り付ける意見が出てまとめるのに難航した。 市町村は財政運営の責任を取ることにあくまでも反対した。このため最後は県単位の広域連合が行うこととなったが、県も 市町村も国の責任を明確にするよう求めている。

財源は患者負担を除いた給付の約5割を公費で、1割を高齢者からの保険料とし、残る約4割を現役世代からの支援としている。 この現役世代からの支援については健保組合連合会などが、現在の拠出金と同じことではないかと強く異議を唱えていたものの、 最後は原案通り決着した。高齢者からの保険料は厚生年金の平均的受給者で月額6200円になる予定である。

この支援金はこれまでの拠出金に比べると対象年齢を5歳引き上げたことと、公費の投入をこれまでの3割から5割に増やした ことでしばらくはこれまでより軽減される見通しである。

与党で合意された医療制度改革大綱によると、この後期高齢者医療制度にふさわしい診療報酬体系を新たに構築することと なっており、その中心は看取りも含めた在宅医療の推進になりそうである。しかし、それをどう具体化するのか課題は大きい。

また、65~74歳の前期高齢者は現行の国保、被用者保険制度で対応することとなったが、退職者が次々と加入する市町村国保に 対しては、保険者間での財政調整をするこことなったので、負担を強いられる立場の健保組合連合会からは、強い不満の声が あがっている。このためどの程度の調整を行うのかが今後の焦点になろう。また、70~74歳の患者にとってはこれまでの1割負担が 2割負担に増えるため、実施されれば負担増に不満の声が医療現場に向けて高まることが予想される。

前回の答申でも述べたが、一般の医療制度と分けた高齢者医療制度は、わが国以外にはアメリカのメディケアのみである。 他の先進国では一般の医療と高齢者医療制度との区別は無い。しかも、アメリカのメディケアはその財源のほとんどは連邦政府が 負担する公費主体の運営であり、保険と言うよりは福祉医療型であるのに対して、わが国の後期高齢者医療制度は、給付の半分は 公費であるが、残りを現役世代からの支援と高齢者自身の保険料と自己負担で賄うこととなる。つまり、色々な方面の意見を 足して二で割った結果、一部保険の要素も残しながら公費を増やすという、いかにもあいまいな、運営責任がはっきりしない 制度となった。

さらに、介護保険との統合の可能性は残されており、高齢者医療の中味をどのようにしていくのか、高齢者用の診療報酬体系が どうなるのかも含めて、今後、また変更もありうると考えられる。

考察

小泉劇場といわれた昨年の総選挙では、多くの未組織有権者が劇場の舞台で催される政治ドラマの観客であったことは 記憶に新しい。観客は飽きやすく、また新しいドラマを見たがる。健全な民主主義社会には健全なメディアが不可欠である。 しかしながら、わが国では健全でまともなメディアを見つけるのは困難だ。日本医師会のシンクタンクである日医総研は、 わが国の財政分析から特別会計に問題があることをいち早く指摘したし(15)、政管健保の保険料が医療給付以外に社会保険庁の 外郭団体に流用されていることを、初めて指摘した。(16)

いつも、一段高い所から医療に対して物を言う新聞が、このような調査報道をしたであろうか。今回、わが国の医療制度が、 どうあるべきかという困難な政治課題をまともに取り上げたメディアがいくつあったであろうか。医師会を抵抗勢力として色眼鏡で 見、読者の受けばかり気にしているメディアの下で、健全な民主政治などは期待できない。メディア劇場に取り上げられるのは 医療ミス、医師の高所得だけであった。その間、厚労省は社会保険庁の解体という危機を逆手にとって医療と年金をスムーズに 分離させ、政管健保については別の公法人に運営させることで、その影響力を保持することとなる。社会保険庁の外郭団体が全国に 所有していた施設も、都道府県単位で医療費適正化の保健事業を行う施設などに転化させることで、維持し続けるであろう。 地方に義務付けた医療費適正化という名の政策をリードできるのは厚労省の人間である。地方自治体は厚労省の指示待ちであり、 みずから率先してやる気と能力のある都道府県はない。

わが国の公的医療保障の将来像に大きな影響を与える要素の一つが財源であることには異論はない。

増え続ける国の借金を減らしてプライマリーバランスをとることの必要性は誰もが認めるものである。問題はその方法であり、 支出を抑制するならどこを抑制するのか、収入を増やすならどのような税制が良いのか。これこそが政治の判断である。慶応大学 の権丈(1)は「政策を論ずる場合には、大なり小なり、物事の軽重是非というものを論ぜざるを得ない立場に追い込まれる。 経済学では効率という価値に,他の価値を並べ重ね、それら価値の間の軽重是非を論じる。その判断を不可避とする問題を分配 もしくは再分配の問題と呼んでいる。そしてこの問題は、利害が衝突する場面では、いつも確実に生じるのである。」と 述べている。つまり、公的医療費削減という政策の意味する所は、公的財源を医療保障に使うことの軽重是非の議論であり、 権丈の言葉を使えば再分配の問題においてそうなることである。さらに効率優先の社会にあって現在の医療制度、診療報酬制度の 下で医療にこれまでのように公費を投入するのが経済効率の観点から、是か非かの議論があることを我々も認めなければならない。 その上で、経済効率優先にもいろいろと問題があることを具体的に示し、さらに人々が、成熟社会において医療に何を期待するのか を把握し、それを踏まえた政策提言をすることが必要ではないだろうか。

この答申の前半で述べた医療における市場原理主義、規制緩和の流には2つの側面がある。1つは日本の医療市場に参入したい アメリカと、ビジネスチャンスを物にしたいオリックスなどの企業側からのキャンペーン。もうひとつは消費者主権の立場で物を 言う患者側からの要求である。後者の場合、高度先進医療や未承認新薬の使用について、これまでのパターナリズムは通用せず、 インターネットから得た情報によって、公的医療保障の持つ色々な規制に対して、これからも異議を唱えて来るであろう。 しかしながら、消費者はさまざまであって、誰も完全であるとは言えず、医療保険制度を熟知しているわけでもない。また、 混合診療解禁議論の際に勤務医から解禁支持の意見が多かったことを見ても、わが国の医療保障制度自体が医療者にさえ、 よく理解されておらず不勉強なメディアと同じレベルであることは大変残念であり、当委員会の存在意義と広報の役割はさらに 増したといえよう。

混合診療の全面解禁や、株式会社の病院運営解禁の阻止では医師会と厚労省は、共同歩調をとって規制改革会議に対して闘った。 その結果、株式会社の病院経営などの新自由主義的医療の導入には一定の歯止めがかかった。 しかしながら、営利企業は医療PFI など、手を変え品を変えて医療市場への参入を目指してくる。また、公的医療給付の削減に熱心な財務省は、政府の審議会を 利用し、公的医療保険給付枠の縮小を求めて今後も圧力をかけてくるものと考えられる。その場合、具体的には医療費の 伸び率管理制度が、再び検討される可能性がある。もし、そうなれば、医療費総枠の拡大を求めて、混合診療の拡大を求める声が 大学病院を中心とした医療側から出で来ることが予想される。

後半の医療制度改革に関して再び権丈(1)の言葉を引用させていただく「統治者―君主でも政治家でも官僚でもよい-が、 自分の権力を維持、強化することができる政治を望ましい政治と呼び、この方向で最適な政策を定義しはじめる。」
市場原理主義的医療の導入阻止では厚労省と共闘した医師会であったが、医療制度改革においては、厚労省の完全な リードを許してしまったのではないだろうか。
保険者の都道府県単位の再編は、これからの政治課題である地方分権を先取りしたように見えるが、地方自治体に医療政策の 立案能力はなく、次々と出て来る具体的な指針を見ても、実質は厚労省の地方自治体への影響力を保持したものになりそうだ。

また、今回の改革では医療費抑制を生活習慣病の予防を通して行うため、保険者に健診と事後指導を義務付けた。このことは 保険者に対しても厚労省の監督が強化されることを意味している。また、厚労省は健診や保健指導に保健師や管理栄養士を 重用していくことと、民間活力を導入していくことを明言している。このことは、この分野における医師の排除を意味し、 この分野に参入する企業に対して一定の監督責任を持つことになる。これらを見ると、医療分野における、これまでの騒ぎとは 一体何であったのか、結局は官の増殖と支配を許してしまったのではないのか。

振り返って見て、我々医師会会員は、この2年間どうしていたであろうか。確かに医療制度は複雑で理解しにくい面もある。 医学の勉強とはまるで異質であり政治、経済もからんでより複雑に見える。しかしながら、一般人の合理的無知は仕方が無い としても、保険医療に携わる医師であれば、この分野においての合理的無知は成立しないことを認識すべきではないだろうか。 (合理的無知については明石市医師会ジャーナルNo37の30頁を参考に)

医師が公的医療保障の下での将来を、官や民間企業に委ねるのではなく、自立した専門職としての自負を持ち続けたければ、 日々の診療という日常性に埋没してしまうのではなく、自らの社会的立場を自覚して、政策提言を行い、成熟社会における 医療の役割をリードしてゆくしかない。

付) 混合診療をよく理解する為に

Q. そもそも混合診療とは?
A. 一般には一連の医療行為の中で保険診療と保険外診療を併用することをさしています。 具体的には保険適応でない先端医療や新薬の併用が話題にのぼりますが、医療材料の一部を自費で徴収することや、 民間療法の併用も混合診療になります。この場合、どこまでが混合診療であるのかないのか混乱があるのも事実です。 少し難しい言葉を使えば社会保険の現物給付のルールに現金での医療購入を混在させることとなるので費用の混在する診療が その本質であると説明できます。
Q. その現物給付がよくわかりませんどういうことですか?
A . 患者さんが保険診療を受けるにはおもに二つの方法があります。一つは今、日本で採用している現物給付です。 この場合患者さんは医療機関で一部負担金のみ払えば医療を受けられます。この仕組みは患者さんが加入している保険が 医療機関から医療を購入して加入者である患者さんに現物として給付することです。一部負担金は医療機関が保険者に代わって 徴収していると考えますので基本的には患者さんと医療機関との間に現金のやり取りはありません。 もう一つの方法に現金給付があります。この場合患者さんは医療機関に医療費を全額支払い、後で加入する保険から費用の 給付を受けます。
この方法であれば保険でカバーできる分だけ費用の給付を受ければ良いので保険外診療との併用は制度としてなじみます。 しかし、給付手続きが煩雑になり患者さんにとっても医療機関にとっても面倒な方法です。
Q. 現金給付だと保険外診療との併用が容易であることはわかります。でも、現物給付でも費用の上乗せで済むのではないですか?
A. 現物給付は保険者が医療機関から保険適応の医療を購入して加入者である患者さんに給付するという原則です。 患者さんが勝手に医療機関から保険外の医療を購入すると費用の上乗せで済むように思いがちですが保険診療の根本に影響します。 まず保険医療についての担当規則は無意味になります。
例えばレセプトで査定された分や査定されそうな分は保険外診療として 患者さんから自費で徴収することも可能になるからです。それにレセプトに記載されない保険外診療の部分については全く チェックを受けないわけですから診療の全体が妥当かどうかわからなくなります。そうなると現物給付の原則が形骸化する だけでなく、あやしげな医療でもまかり通り結局は患者さんにその付けが回ることとなるでしょう。現金給付だと全体の医療の中で 保険適応の部分を対象にして給付されますので混合診療になじむわけです。
Q. 医師会はなぜ混合診療に反対するのですか?
A. 第一にはもちろん混合診療解禁は現物給付の原則に反するからです。現物給付制は患者さんにとって大変便利なシステムですが 言葉が難しくてこれを理由に理解を求めるのは大変です。そこでわかりやすく説明すると次のようになるでしょう。
混合診療が解禁されれば患者さんの負担金は確実に増えます。そのお金を払えない人は医療の恩恵を受けられません。そして、 混合診療の中では新しい医療はいつまでたっても保険適応にならず保険診療は縮小します。そして、お金のあるなしで良い医療が 受けられるかどうかが決まってしまいます。わかりやすい例は歯科です。良い歯を入れてもらうには自費で相当な自己負担金が 必要ですし、いつになっても保険適応になりません。
これと同じことが生命を左右する医療行為でも広く行われる事となります。ですから、医師会は混合診療解禁に反対します。
Q. 混合診療の解禁で患者負担が増えても民間保険に加入すれば負担金をカバーできませんか?
A. 余裕のある人なら多少の負担金増は問題ないでしょうがそんな人はごく一部です。民間保険は加入時に厳しい審査があり 糖尿や高血圧では加入すら難しくなり保険料も割高になります。しかも、いざ保険の給付を受けようとしても審査に多くの書類が 必要で実際にはスムース゛に保険給付金が支払われません。
混合診療の解禁を求める経済界の人たちの中には民間保険のビジネスチャンス期待組もいることを忘れないでください。
Q. 混合診療解禁に賛成の医師も多いと聞きましたが。
A. 確かに勤務医では混合診療解禁に賛成の医師が多いようです。その理由として勤務医は窓口での患者さんの負担金を よく知らないので負担金が増えることには関心が低いことがあります。さらに、悪化の一途をたどっている病院経営を少しでも 良くしたいと言う気もあるでしょう。しかし、一番の理由は情報源をマスコミに頼っているので先端医療や新薬の議論に まどわされ、混合診療の本質についての理解が不足しているためだと考えられます。
Q. しかし、混合診療解禁で新薬や新しい治療法をいち早く取り入れられるので患者さんにとって利益になるのではないですか?
A. 本来、患者さんにとって有益な医療はその安全性と医学的な有効性が確認されればすみやかに保険適応にすべきです。新薬の問題は 保険採用手続きの迅速化にあって、混合診療の解禁で解決するのは筋が違います。それに抗がん剤「イレッサ」の例に 見られるように安全性の確認は大切で混合診療解禁にしたら未承認新薬の安全性は誰が確認するのでしょうか。先端医療は 特定療養費制度を活用すれば対応できます。これなら厚生労働省の認可を受けた施設で保険との併用が可能なので混合診療にする 必要はありません。
Q. 特定療養費制度と混合診療の違いを説明してください。
A. 特定療養費制度を一言で説明すると公認された混合診療です。先端医療が一般的になって保険適応になるまでには時間が かかります。しかし、それが必要な患者さんにいつまでも待ってもらうわけにはいかないのが実情です。そこで混合診療解禁の 話が出てくるのですが、特定療養費扱いになった先端医療は高度先進医療として保険と自費診療の併用が可能になります。
混合診療との違いは、この特定療養費扱いの高度先進医療は厚労省が認めた施設(主に大学病院)でしか行えず必ず治療データを 提出しなければなりません。そして、その医療の安全性や有効性が確認され普及したら保険に採用されていくわけです。実際、 2003年でみると122の高度先進医療のうち42%が保険に採用されています。
これに対し混合診療の解禁で先端医療を対応すると、誰がどこで行ってもよく治療データの集積も行われませんのでEBMの確立に 大きな障害となります。もちろん、いつまでたっても保険に採用されないので患者さんの負担は軽減されません。
ただ保険適応を縮小する為に先端医療以外に適応を拡大して長期入院費や食事費も特定療養費扱いする厚労省の方針は容認 できません。
Q. なるほど、混合診療解禁は患者さんの利益になると刷り込まれていましたがそうではないのですね。
A. 繰り返しますが先端医療は特定療養費制度で対応できますし新薬については認可手続きのスピードアップを考えるべきです。 患者さんにとっても、いつまでも自費扱いのまま自己負担金が多くなるより保険でみてもらった方が負担金は少なくなって いいに決まっています。患者さんの利益を口実にしている人たちの本当のねらいを良く考えてください
Q. その規制改革会議が混合診療の解禁を強く求めるねらいは何でしょうか?
A. 規制改革会議が混合診療の解禁とともに株式会社の病院経営への参入を求めていることはご存知でしょう。実は株式会社が 医療本体に参入して利益を出そうとしても今の保険診療のしばりの中では充分な利益が出ないことを彼らは良く知っています。 そこで、混合診療の解禁で保険外診療(新しい診断器機やホテル並みの入院環境など)で富裕層を取り込み充分な利益を 上げたいのです。ですから混合診療解禁と株式会社の病院経営への参入はセットだと考えてください。
彼らは混合診療解禁が患者さんの利益になると言っていますが実は自分達の利益の為です。
Q. なるほど要するに社会保険の守備範囲の中では企業としての自由な経営ができないことがわかっていても、 それを直接言いにくいので患者の利益を守ることを前面に出して規制と戦う正義の戦士を演じているわけですね。
しかし、医師会はそのことをなぜ世間に訴えないのですか?
A.  医師会が訴えてもマスコミは規制改革会議の方ばかり向いて聞く耳を持ちません。医療制度をよく理解している学者で 混合診療解禁に賛成している人はいませんがマスコミは新古典派の市場原理主義を信奉する学者の意見ばかり流すのが現状です。 医師会も市民対象の医療フォーラムを開いて理解を得るよう努力はしていますが一般会員の協力が欠かせません。みんなで力を 合わせて今の流れを阻止しなければ彼らに押し切られてしまいます。
Q.  厚労省が混合診療解禁に反対する理由は医師会と同じでしょうか?
A. 厚労省の反対理由は医師会と少し違います。これまで、保険財政の悪化から患者負担増(保険本人の3割負担など)を進めてきた 厚労省は混合診療解禁による患者負担の増加を反対理由にはしていません。厚労省の主張は最初に述べたように混合診療解禁が 現物給付の原則に反するというものです。つまり、異なる費用の混在に抵抗しているのです。これを譲るとお金のあるなしで 医療が左右される階層医療を認めることとなり、これまで築き上げてきた公的医療保険制度が崩れることが根底にあります。
それに医療を監督する立場からすれば自由に混合診療をされてトラブルになったら結局は自分の所に責任がかかってくるのは 明らかです。これも反対理由でしょう。
Q. 財務省や経済産業省が混合診療解禁に賛成だと聞きましたがなぜでしょうか?
A.  財務省のねらいは公的医療保険の縮小による国庫負担の軽減です。公的保険の守備範囲を最小限にしてそれ以上は自費診療を 組み合わせ混合診療にすればいいと考えています。 さらに自費診療が増えることでこれを給付対象とした民間の医療保険が 伸びれば保険業界の監督官庁として悪い話ではないでしょう。
経済産業省はこれから成長の見込める産業として医療に目を付けています。例えば高度医療を取り入れた株式会社の病院経営、 新薬の開発治験など医療特区で行われようとしていることです。これから産業として伸びる為には医療全体のパイが増えなければ ならないのですが、公的医療保険が財政的にそれほど伸びそうもないので混合診療の解禁で医療のパイを増やしたいのです。 つまり医療をこれから儲かる産業として考え、その舵取りをしたいのが経済産業省です。
Q. そうすると両者とも自分達のテリトリーのために混合診療解禁を支持しているわけですね。誰も国民の健康のことなど 考えていないわけですか、ひどい話ですね。
A.  ええ、残念ながらこれが現状です。医師会は抵抗勢力と言われても正論を貫いてゆきますが、そのためには会員の皆さんの 強い支持が不可欠で医師会の役員だけではどうにもなりません。日本の医療が変な方向に向かわないように協力して戦いましょう。
参考文献および資料
  • (1) 権丈善一 「再分配政策の政治経済学Ⅰ 」 ・・・ 慶応大学出版会
  • (2) 中村十念他 「外資とつるむ総合規制改革会議 」 ・・・ 日医総研リサーチエッセイNo21
  • (3) 李啓充 「市場原理が医療を滅ぼす 」 ・・・ 医学書院
  • (4) 野田由美子 「PFIの知識 」 ・・・ 日経文庫
  • (5) 森下正之他 「実践医療、福祉PFI 」 ・・・ 日刊工業新聞社
  • (6) 武川正吾他 「先進諸国の社会保障1 イギリス 」 ・・・ 東京大学出版会
  • (7) 斉藤康洋 「英国のプライマリケア 」 ・・・ 日本医事新報No4187. 4188
  • (8) 奥村芳孝 「新スウェーデンの高齢者福祉最前線 」 ・・・ 筒井書房
  • (9) 土居丈朗 「地方分権改革の経済学 」 ・・・ 日本評論社
  • (10) 社会保障審議会 「医療保険部会議事録 」 ・・・ 厚労省ホームページ
  • (11) 「社会保障読本2005年版 」 ・・・ 週刊社会保障No2344
  • (12) 遠藤久夫他 「医療保険、診療報酬制度 」 ・・・ 勁草書房
  • (13) 「平成17年度版 厚生労働白書 」 ・・・  厚生労働省
  • (14) 健康サービス産業創造研究会報告書、健康サービスビジネス化研究会中間報告  ・・・ 経済産業省ホームページ
  • 15) 前田由美子 「2005年度国家予算の分析 」 ・・・ 日医総研ワーキングペーパNo115
  • (16) 前田由美子 「全社連と社会保険病院の財務状態について 」 ・・・ 日医総研リサーチエッセイNo42